27歳になる前には

祖父が認知症になった。

まだ初期段階だというが、辻褄の合わない言動が多くなり、記憶もちゃんと薄れている。わたしのことは「お世話してくれる人(母)の娘」という認識らしい。デイサービスでやった塗り絵にいた女の子が、わたしに似ていたから渡したいと聞いた。まだ見てないけど、きっと似ていないんだろうな。そんなことが簡単に想像できて悲しくなる。敬老の日に帰ると伝えたが、祖父はそれも理解できない。

祖父だけじゃない、父も母も年齢を重ねて老いていく。何かを残さなきゃいけないと思う。

それが仕事の成果なのか、結婚なのか、子どもをもつことなのかちっとも分からない。実家を出て解放されたと思っていたがそれは間違いで、むしろ家族のつながりを強固に感じさせられている。いや、つながっていなくちゃと思っているのは自分なのかもしれない。特に母にはコントロールされていると思っていたが、それ以上につながっていなければと怖がっているのは紛れもなくわたしだ。そのくせ、母と会った日の夜はどっと疲れるのだからやるせない。なんかもう、がんじがらめだ。

 

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1日のはじまり、週のはじまり、月のはじまり、年のはじまり。そのときが来る度に「報われたい」と思っている。いつかの苦しみも悲しみも、我慢も憎悪も、オールオッケーになることを願っている。救いたいし、救われたい。今ある毎日を信じれば、いつかは。

 

26歳と半年、まだそのときがきた感覚はない。