何度でも自分は自分をはじめられる

今の会社に転職してきて、ちょうど2年が経った。前職は1年半足らずで退職したので、ゆうに超えたことになる。お祝いに、と恋人が買ってくれた不二家のケーキを口に運びながら、「よくここまできたものだ」としみじみ思う。

いま月刊誌の編集や進行管理をしているわけだけど、それはもう1ヶ月1ヶ月がとても早く感じられる。下版まで終わり、ふう、と一息ついたぐらいで次が見える。来週になったら、もう3月号の準備をはじめなければ。

そんなタイミングで、突然課長に呼び出された。わたしの務める会社は役職によってランクみたいなものが定められているのだけど、ひとつ上のランクに推薦したいといわれた(ランクをあげるためには本人の意思と課長の推薦が必要)。

驚いた。わたしより長く勤めている人でさえなかなか上げてもらえていないのを、目の前にしていたから。考えてもみなかったことだったが、ちょうど2年を迎えた日だったので、認められたような気がして心がじんわりした。給与が少々あがるぶん、働き方も変わる。さあ、どうしようか。

 

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仕事だけではなく生活も、3月で実家を出て2年になる。逃げるように飛び出し、まるでおままごとのように始まった暮らしも、気づけばちゃんと体をなしていた。なんとなく決めた街は過ごしやすく、すっかりお気に入りになった。狭いけれど日当たりが抜群にいい部屋で、何度うたた寝したことだろう。

週末には新しい家へ引っ越す。ずっと住みたいと思っていたメゾネット!使いづらいところもあるが、それ以上に雰囲気に惚れてしまい、即決してしまった。またイチから家の中を組み立てていくのは大変なことだけれど、それ以上に楽しみが勝る。思っていた以上にテキパキと手続きを進める恋人を見られたし、インテリアを見ながらああだこうだ言う時間も愛おしく、2年に1回くらい悪くないと思った。いつか誰かを呼べたらいいな。あなたは来てくれる?

 

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3年前のわたしは、こんな毎日を想像できただろうか。会社に行けば上司の怒声に疲弊し、昼休みは心療内科にかかり、終電近くまでパソコンと向き合い、家に帰れば母親と折り合いが合わず、ひどく疲れているはずなのに深夜3時ごろまで眠れなかった日々よ。

インターネットに根を張ることが生きる糧だったし、そのおかげで得たものもあれば、失ったものもある。まだ続いている縁には、感謝するばかりです(わたしの名前が昔は「みなみ」だったの覚えている人ってまだいるのかな〜)。

仕事を変えて、家も変える。23歳のわたしにはしては大きな決断をしたあのときから、もう2年。波はありながらも今日までやってきたし、あのときよりはずっといいと胸を張って言える。悲しいけれど、苦しかった日々が今を成り立たせてくれていると思う。

穏やかな毎日は尊い。当たり前すぎて退屈に感じたり、見失ってしまいそうなこともあるけれど、崩れるのは一瞬だってことを忘れちゃいけない。

 

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わたしは打たれ弱い。それほどの実力もないのにすぐに落ち込む。起き上がれない朝もあるし、理由もなく涙が止まらない夜もある。考えても仕方がないことを延々と考えて、気づけば数時間、数日経っていることも。悲しみや苦しみをなかなか忘れられず、というか忘れようとせず、タチ悪く過去から引っ張りだしてきて感情に浸ることすらある。

それでもどうにか歩みを止めずにいられるのは、わたしは再びはじめられることを知っているからだ。やり方が正しくなくて不格好でも、スピードが遅くて遠回りでも、もう1回。

わたしは何度でもわたしをはじめられる。その経験と自負とこんなときだけ威勢のいい根拠のない自信が、引っ張ってくれる。あんなときも、こんなときも、わたしはボロボロになりながらも立ち上がっていたじゃないか。つらい思いを抱えながらも、今こうしているじゃないか、と。

残念ながら過去を変えることはできないし、未来を愛と希望で溢れさせることもできない。自分がこれまで築いてきた性格も、他人の好き嫌いをコントロールすることもできない。

それでもこれからの環境は変えられるし、選択も自分の意思次第。世界は思っている以上に広いし、目の前だけがすべてじゃない。何かにとらわれる必要なんてこれっぽっちもない。

 

これは自己啓発なんて大それたものじゃなくて、合言葉みたいなもの。お守りみたいにぶら下げておいて、不安なときに握りしめよう。

大丈夫、何度でも自分は自分をはじめられるから。

幸せになるために、「これしかない」と胸を張れる人生のために生きようね。